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和型メインページ > WEBマガジンTOP > 連載 和な場所「第5回」 > 歴史と文化の散歩道・井の頭恩賜公園
道に迷ったことがあるだろうか。整然としたオフィス街を歩いていたはずなのにふと見つけた「和な空間」。 オフィス・マンション、無機質化した街の中にも「和な場所」は必ずある。 そんな忘れ去られた和を探す連載「和な場所」。今回はどんな場所で迷おうか。






井の頭を歩く 〜弁財天、文化との関わり〜

井の頭弁財天は、天慶年間(938−946)に関東源氏の祖・源経基が、伝教大師の延暦8年(789)作という弁財天女像をこの地に安置したのが始まりで、その後建久8年(1197)に源頼朝が東国の平安を祈願して宮社を建立したとされている。

この弁財天、もともとは、インドのヒンドゥー教の神「サラスヴァティー」と言われ、聖なる河という意味が込められている水の神でもある。 日本でも、三大弁才天とされている江ノ島・竹生島・厳島を初めとして、井の頭弁財天も井の頭池の中にあるように、水のそばにまつられていることが多い。

また、河の(水の)流れの音が、音楽や豊かに溢れる言葉を連想させることから、音楽を初めとした芸術や学問全般の神様としての信仰も集めている。

延享2年(1745)に弁財天の参道入り口に建てられた標石に刻まれている寄進者の名前を見ると、当時の名優・瀬川菊之丞を初め、高麗屋純蔵、中村勘三郎などの俳優や、中村座、肥前座、薩摩座などの劇場の名前があり、江戸演劇史上の重要な資料であると共に、弁財天信仰の厚かったことをうかがわせる。

現在でも最寄り駅である吉祥寺の町は、文化と生活が理想的な形で交わる町と言えるだろう。

古くからの閑静な住宅街であると共に、多くの芸術家やそれを目指す若者が集い暮らす、文化の発信地でもある吉祥寺。
ライヴハウスや劇場、映画館なども多いこの町の独自の文化の発展を、弁天様は今でも静かに見守っているのかもしれない。









文化園の中でも一番の目玉、ゾウの「はな子」は、現在日本で飼育されているゾウの中では3番目の長寿だという。



これからも変わらない井の頭

武蔵野市の南東、三鷹市の北東に接する公園。それが井の頭恩賜公園。
井の頭池を源流としている神田川に沿ってしばらく続く公園の道。御殿山の雑木林がもたらす静かな安らぎ、そしてさりげなく醸し出される「和」な空気。

いまでこそ、沢山の人々に親しまれている井の頭。その当たり前のような存在は、沢山の歴史と、いくつもの文化を生みだした。
それは今も変わらない。

春には桜。 夏は御殿山の雑木林が清々しい。秋になると紅葉が美しく、 そして冬には水鳥の渡り鳥が数多く飛来しにぎやかになる。

恩賜公園としての「井の頭」。
そこは、歴史と文化の散歩道。
そこにまた一つ、和な場所を見つけた。(終


次回は「都内の恩賜公園編」第二回、 桜と不忍池で知られる上野恩賜公園へ。 慣れ親しんだその光景に隠れた「和な場所」を歩く。

そこは、歴史と文化の散歩道

慌ただしい毎日の生活から、ほんの少し距離をおいてみる。
そして始まる、こっそり和探し、自分探し。
発展する街、変わりゆく景色。 しかしそれでも、
いつの世も変わらない場所、「和な場所」は確かにある。

今回は、都内でも有名な井の頭公園を歩く。
長い間人々に親しまれる井の頭公園。しかし、そこは「恩賜公園」としての 顔も持つ、歴史と文化深き場所でもある。
JR中央線の吉祥寺駅南口から徒歩7分程度、公園にたどり着くまでには、実に様々な人たちが 公園へと向かって行く。

コーヒーを片手に、ペットと共に、カップルで、家族で。
理由は人それぞれ違えど、いつの時代も、そこにある癒し、
「和」の空間を誰もが知らぬ間に求めるのだろう。

恩賜公園としての「和な場所」井の頭。
さて、今回は何が見つかるのだろうか。







経典に準拠した漢字表記は本来「弁才天」だが、日本では「才」が「財」の音に通じることから財宝神としての性格が付与され、「弁財天」と表記する場合も多い。



井の頭の歴史を辿る

「恩賜」とは「天皇・君主から物を賜ること。また、その賜り物」という意味を持つ。
井の頭池と一帯の林はかつて幕府御用林として保護されてきたが、明治維新後に東京府が買収。1889年に宮内省(現在の宮内庁)御用林となり、1913年には帝室御料地から東京市に与えられた(下賜)ため、1917年5月1日に恩賜公園として一般公開に至ったという。

井の頭の歴史を語る上で外せないものは、やはり「井の頭自然文化園」の存在だろう。
井の頭には様々な歴史があるが、意外と歴史の表に出てこないこの自然文化園にも様々なドラマがあった。

1905年、現在の自然文化園本園の一角を皇室から拝借して、非行少年を収容する東京市養育院感化部(のちの井の頭学校)を創設。
1917年に御料地全体が東京市に下賜され、井の頭恩賜公園が開園すると、1934年、現在の分園の位置に「中之島小動物園」が開園した。

1939年に井の頭学校が移転すると、この地に大きな動物園を作る計画が進められた。当初は上野動物園に匹敵する「一大動物園」が構想される…が、当時は戦時中。
予算と物資が大幅に不足し、大型動物を集めることができず、「自然生態観察園」という趣旨に変更されて1942年5月17日に開園した。

戦後はじめて来日したゾウの「はな子」は、
1949年に上野動物園に贈られ、戦争中に餓死させられたゾウ「花子」の名前を継いだ。

現在ではゾウのはな子に加え、「モルモットコーナー」や「ヤギ舎」、「リスの小径」のように動物と触れ合える施設も増えた文化園。 人々の憩いの場として今もなお親しまれ続けている。

井の頭恩賜公園と共に、これからも人々の憩いの場として在り続けることを願おう。






井の頭恩賜公園 周辺情報
住所 和な場所へのアクセス
●JR中央線 吉祥寺駅(南口徒歩7分程度)
 京王井の頭線 井の頭公園駅

●正式名称「井の頭恩賜公園」。
 普段から散歩等、人々に親しまれる公園。
 隣接して井の頭自然文化園(動物園)がある。
URL 三鷹市公式ホームページ
http://www.city.mitaka.tokyo.jp/
場所

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