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―床山のお仕事とは縁のなかった藤本さんが、高校卒業後にこの世界に入ったきっかけは何だったんですか?
「もともと社長の奥さんと僕の母親が知り合いで、高校で進路について考えている時期にこういう仕事があるよって紹介してくれたのがきっかけです。
当時は就職について色々と悩みましたが、一度見学させてもらって、そこで気持ちが固まりましたね。全く未知の世界でしたが、やってみようと思いました。」
―十代でこの世界に飛び込んで不安も大きかったと思いますが、どのように仕事に馴染んでいったのですか?
「修業は親方のもとで、住み込みで始めました。住み込みというと師匠と普段の生活も共にするわけだから大変そうだとよく言われますが、自分の前にも既に住込みで修業していた兄弟子も居ましたし、
親方も気さくな方だったから変に緊張することなく自然に学ぶことができましたよ。」
―修業は、マンツーマンで細かく教えてくださる感じだったんですか?
「いえ、基本的には『見て覚えろ』って感じでしたね。事細かには教えてくれない。でもどうしても分からない所は聞けば親切に教えてくれましたよ。
この世界は特に参考書もあるわけじゃないから、教わりながら、忘れないように小まめにメモをとって勉強してました。それからお茶くみや掃除などの雑用もあわせてやっていましたね。芝居の時間は長いので、 みんな空いてる時間がそれぞれ違うんです。僕の練習を見てくださる先輩の担当の役者さんが出てない間に教えてくれたりしていました。
昔はもっと厳しかったみたいですよ。結って、それを「お願いします」なんて恐れ多くて直接持っていけなかった。 出来上がったらこっそり親方の隣りに置いておく。で、次の日の朝はじかれてたらダメってこと。何が駄目なのかは自分で考えろってことらしいんですけど。はじかれてるかはじかれてないか、毎朝見に行くのがどきどきだったみたいです。」
―昔ほどとはいかないものの、厳しい世界だとは思います。どのくらい住み込みで修業していたんですか?
「一年と半年くらいかな。最初は仕事に対しての不安もありましたけどね、『石の上にも三年!』って自分に言い聞かせて、辛いことにも耐えて修業に励みました。」
―実際に三年経って、仕事に対しての向き合い方は変わりましたか?
「いやーもう潰しがきかないなー…と。辞めても何すんだよって(笑)歌舞伎しかやってないし。でもそこで逆に職人芸を極めてやろうとする意志は強くなったかもしれませんね。この世界は、辞めてく人も多いですから。辛いっていうのもあるけれど、それぞれの事情で。今自分が続けてられてるのは石の上にもって精神が今も活きてるからでしょうかね。ただ、こう思えるようになったのは三年ではなく、倍の六年くらいかかりましたけどね(笑)」
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