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連載 和な場所 〜都内の癒し場・深大寺〜

道に迷ったことがあるだろうか。整然としたオフィス街を歩いていたはずなのにふと見つけた「和な空間」。 オフィス・マンション、無機質化した街の中にも「和な場所」は必ずある。 そんな忘れ去られた和を探す連載「和な場所」。今回はどんな場所で迷おうか。




深大寺を歩く〜1〜

深大寺という名は水神の深沙大王に由来しているらしく、
奈良時代に満功上人が開山したと言われている。
深大寺にまつわる恋物語は有名で、縁結びの寺としても
知られている。

一足踏み入れると、まるで歴史が蘇ったかのように感じる。 自然に囲まれた静かな空間。そこは、現代では味わう事の出来ない癒し場だった。
風の吹く音、差し込む木漏れ日、そしてその美しい水路から聞こえる水の流れる音。 どれを取っても、現代では味わう事の出来ない贅沢だった。

そして、なんといっても目の前に広がる光景だろう。どこを見渡しても、偽りの景色などない。
目に映るものは、全て本物の歴史だった。









深大寺を歩く〜完〜

歴史深き場所深大寺。
都内に名所は数あれど、これほど多くの歴史に包まれた場所はそう多くないだろう。
名残惜しさを背に、山門(写真右上)へと歩き出す。

そして後方を見渡せば、国重要文化財である釈迦堂と白鳳仏(写真右下)。
白鳳仏とは金銅釈迦如来倚像といわれ、 「立像にあらず 座像にあらず」(深大寺明細帖)と記されている。
安置されている白鳳仏の伝来や、何故深大寺にあるのかは未だに解明されていない。

美しい景色の中に、感じる癒しと深き歴史。
都内の慌ただしい街並の中にも、まだまだ残され続けている静けさ、歴史、それもまた「和な場所」。
さて、今日は名物の深大寺そばを食べて帰ろうか。
深大寺の歴史に、浸りながら。(終


次回は都内でも有名な「恩賜」公園の一つ、
井の頭恩賜公園へ。
普段から多くの人々に親しまれている井の頭公園。
恩賜という面から着目し、井の頭の「和な場所」を歩く。

都内の癒し場・深大寺を歩く

仕事の合間にこっそり和探し、自分探し。
発展する街、変わりゆく景色。 しかしそれでも、
変わらない場所は確かにある。

今回はぶらっと深大寺。
東京都調布市、新宿からすぐそばにある自然を歩く。
新宿の騒がしいビル群を抜け、調布の住宅街を進めばそこは森。
間もなくして、水路が美しい深大寺が見えてきた。
歴史深き場所、深大寺。
東京の大都会のそばにありながら、今なお残る、当時の風情。

調布市は、甲州街道の玄関口であり蕎麦処としても有名な街。その言われは、元禄の世に遡る。
調布市の人々が大切に守り続けて来た「和な場所」深大寺。
今日はゆっくり歩いてみよう。









深大寺を歩く〜2〜

幕末大火で類焼したが、被災直後(1867年 慶應3年)に再建された元三大師堂(写真右)。内部には慈恵大師像が安置されている。 他にも、河鍋暁斉の竜の天井画が残ってる事で有名な元三大師堂。河鍋暁斉は、江戸末期から明治の鬼才と言われ、国内外で高い評価をされている画家だ。

深大寺の深い緑の中を、まるで夢の中を彷徨うかのように歩く。
その長年存在し続けてきた、言うなれば、まるで貫禄とも言えるその佇まい。 静かに、心の奥に安らぎを与えてくれる。
開山堂(写真左)は、昭和58年に開創1250年大法会記念事業として新築された、比較的新しいお堂。

おそらくこれからも、静かに、しっかりと歴史を刻んでいくに違いない。





(写真上)「山門に 雲をふき込む 若葉かな」と、
詩人正岡子規にも詠まれています。
深大寺(調布市)周辺情報
住所 和な場所へのアクセス
●京王線調布駅北口、つつじケ丘駅北口からバスで
 深大寺行き乗車、「深大寺」下車。

●調布市は昔「東洋のハリウッド」と呼ばれ、戦後
 大衆文化を支えた映画文化の発信地でもある街。
 また、蕎麦処としても有名。
URL 調布市観光協会webページ
http://www.csa.gr.jp/index.htm
場所

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