日本の文化に関わる仕事をしたいと思い立ち、ゼロから始めた飴細工。
―職人になられる前は何をされていたのですか?
「イタリア料理の店で働いてました。お店を転々としてたり、思うようにいかなかったりで。当時働いてたお店を辞めて、本場でやりたいって思って、イタリアに行きました。そこで料理の勉強をしつつ向こうの文化に触れたりして過ごしていました。旅行中は色んな人とお話ししたのですが、自国を熱く語る外国の人たちに衝撃を受けたことが、日本の伝統的な仕事へと進むきっかけになりました。」
―異国の人との自国に対する考えのギャップは相当大きかったようですね。
「大きかったですね。というかショックでした。だいたい誰に聞いても自分の国が一番だ!って言ってたから。それからは料理に対する気持ちよりも、日本の文化に携わることしたいという気持ちの方が強くなっていきましたね。工芸とか職人さんの仕事、物を作る仕事がいいなと思って。」
―そこで日本料理には進まなかったんですか?
「日本料理にはいかなかったですね。料理じゃなくて違うことをやりたいって。ほんとに日本的なもの、日本でしか見れないものってことで。子供の頃に見た飴細工に、あぁすごいなっていう印象を受けたことを思い出して、飴細工の職人を目指しました。そういえば初めて飴細工を見たときに、祖母に飴細工職人になりたいっていってたらしいんですよ。自分じゃ覚えてないんですけど。」
―帰国してから実際に行動にうつすまではどれくらいかかったのですか?
「それからは早かったですよ。今32歳なんですけど始めたのは27歳のはじめくらいですね。けっこうモタモタしてられないっていうのがあったり(笑)。決めた後はひたすら突き進んで、住んでた所も引き払って、大阪の師匠のもとに弟子入りして、半分住み込みでしたね。」
―どのような方法で弟子入りされたのですか?
「飛び込みですよ。調べて電話して行って、弟子にしてくださいって(笑)。弟子の期間中は給料はもらえないので、すごく古いアパートに住んで、極力お金を使わないように、貯金を削りながら生活してましたね。だんだん出来るようになってくると出店で師匠が休憩に行ってくる間にお店を任されたりして、
そこで作った分はお給料としてもらえるのでなるべく早く、一つでも多く作るのが大事。それが一番の糧になりましたね。」
―道具はどのようにして揃えていったのですか?
「昔のものは手に入らないですし、弟子の頃はお金がないので、自分で作ってましたね。引き出しも全部。」