道に迷ったことがあるだろうか。整然としたオフィス街を歩いていたはずなのにふと見つけた「和な空間」。 オフィス・マンション、無機質化した街の中にも「和な場所」は必ずある。 そんな忘れ去られた和を探す連載「和な場所」。今回はどんな場所で迷おうか。
洋館へ続く道、日本庭園を歩く
小高い丘に洋館を望み、まずは低地より続く日本庭園を歩く。
この日は真夏日。自然と体が、日影を求める。生い茂る木々の中を進むと、まずは見どころの一つ「大滝」へとたどり着く。 10数mの高所から落ちる滝。園内の中でも、最も勾配の急な所をさらに削って断崖とし、濃い樹林でおおって深山の渓谷の趣を演出している。 曲折した流れから始まり、数段の小滝となり最後は深い淵に落ちるという凝った造りで、その流れを追って歩くのも楽しい。麓にはいくつかベンチも用意されているので、一休みにはもってこいの場所だ。 さらに進むと、今度は水のない「滝」、その名も「枯滝」が見えてくる。 滝と言っても、水を使わないで山水の景観を表現する「枯山水」の道具立ての一つ。心字池の洲浜の奥の渓谷に、御影石や青石、五郎太石などで造られているこの枯滝は、見ていると不思議と体が涼んでくる。 「心」の字に似せて造った池、日本庭園の中心にある「心字池」は、鞍馬平石や伊予青石などで造られ、「船着石」というものがある。 ここは池を眺めるための要となる所で、正面には「荒磯」、雪見燈篭、枯滝、石組、そして背後には築山が見られる場所だ。 ふと辺りを見渡せば、庭園の向こう側にビルが見える。技術の発達、進歩が進む現代。 しかし、その流れに乗らず、いつまでも変わらぬ場所で会って欲しいと願いながら、心字池を一回りする。 「和」を感じた散歩道、次は「洋」の空間へ向かう。
大正の空気、和と洋が調和する場所
かつて日本には、洋の空気を積極的に取り入れようとした時代ーーー大正時代があった。
文化は急成長を遂げ、人々の心にも豊かな感情が芽生えた時代。生活の幅は広がり、人々の生活は快適になる一方を遂げていた時代。洋の空気を取り入れながらも、人々は和の心を失わなかった。 そして、和と洋の調和・・・大正時代独特の「モダン」という言葉が生まれた。 小高い丘に洋館、そして広がる日本庭園。旧古河庭園は、まさに大正時代を映す鏡のような場所だ。 和と洋の調和、大正時代を歩く今回の和な場所。 失われた光景の中に、何を見つけることができるだろうか。
バラ園と洋館
階段の先に洋館が見える。木漏れ日が眩しい中、日本庭園を後にして洋館へ向かう。
階段をあがると、今までの光景とのギャップにまず驚く。西洋庭園・・・バラ園だ。ジョサイア・コンドル設計で、左右対称の幾何学模様の刈込のフランス整形式庭園と、石の欄干や石段・水盤など、立体的なイタリア露壇式庭園の技法を合わせ、バラと洋館を調和した絵画的な景観美となっているのが特徴だ。 これまでの凛とした空気と違い、西洋庭園ではどこか優雅な空気さえ感じる。 しかし、日本庭園と西洋庭園が混ざり、さらには洋館さえ存在するこの一見異様な空間も、なぜか当たり前のように見えてしまうのは、きっと大正時代から続く独特の「モダン」の心がこの地に残っているからだろう。 洋館はジョサイア・コンドル最晩年の作で、大正6年5月に竣工された。 躯体は煉瓦造、外壁は真鶴産の新小松石(安山岩)の野面積で覆われ、屋根は天然ストレート葺き、地上は2階、地下は1階となっている。 実際に近くで見てみるとわかるのだが、この洋館、保存状態がきわめて良好というのが驚きだ。 館内でお茶を楽しむことも出来、(事前予約が必要)まさに優雅な一時を味わう事ができるだろう。 戦後、国へ所有権が移り、東京都が国から無償で借り受けて一般公開されるに至ったこの庭園。 和と洋の見事な調和が実現されているこの庭園は、大正初期の庭園の原型を留めている数少ない貴重な存在でもある。 初めてなのに懐かしい。 「モダン」とは、なんとも人を不思議な気持ちにさせる。 そんな事を思いながら、旧古河庭園を後にする。 また、いつかこの場所を訪れよう。(完 |

この日は真夏日。自然と体が、日影を求める。
文化は急成長を遂げ、人々の心にも豊かな感情が芽生えた時代。生活の幅は広がり、人々の生活は快適になる一方を遂げていた時代。
階段をあがると、今までの光景とのギャップにまず驚く。西洋庭園・・・バラ園だ。